場所 : 那須烏山市鴻野山

長者ヶ平遺跡源義家が、奥州征伐を終えて都に帰る途中、強大な富と力を持つ長者の後患を恐れ、焼き滅ぼしたという「長者伝説」が残され、「焼き米」が出土しています。付近には、伝説にまつわる地名も数多く残されています。

 平成13年度から平成17年度の発掘調査によって、政庁や正倉など大規模な建物群などが発見され、奈良時代から平安時代に営まれた古代の役所であることが明らかとなりました。その規模は、南北約220m、東西350m以上となります。

 また、隣接して奈良・平安時代の道幅10メートル近い東山道跡や芳賀郡と塩屋郡(現在の塩谷郡)を結ぶ連絡道路も見つかっています。この古代の道路跡は現在も小道として良く残っています。

東脇殿調査状況 このことから、古代国家の交通体系や地方支配体制の様子を具体的に示すものとして重要であることから、平成21年2月12日に国史跡に指定されました。