指定    「烏山の山あげ行事」

昭和54年2月3日 国重要無形民俗文化財

開催日 

毎年7月の第4土曜日を含む金・土・日の3日間

  • 平成28年7月22日(金曜)、23日(土曜)、24日(日曜)
  • 平成28年の当番町は金井町です。 
開催場所 

那須烏山市内(旧烏山市街地)

ユネスコ無形文化遺産の登録

「烏山の山あげ行事」が、全国の国指定重要無形民俗文化財である祭礼行事と一括されて、「山・鉾・屋台行事」という名称で、ユネスコの無形文化遺産へ登録されました。詳細につきましては、下記のリンクの専用ページをご覧ください。

「烏山の山あげ行事」がユネスコ無形文化遺産に登録されました!

 

 

 

【由来】
永禄3年(1560)、烏山城主那須資胤が城下五町鎮守牛頭天王(素盞鳴命)を八雲神社にお祀りし、天下泰平、五穀豊穣、疫病消除を祈願したのが起源とされています。
 

当初、奉納余興として相撲や神楽獅子などが行われていましたが、寛文年間(1661~1672)には踊りを上演するようになり、さらに元禄年間(1688~1703)には狂言が行われ、やがて享保から宝暦年間(1716~1763)にかけて歌舞伎舞踊がとり入れられ、同時に舞台装置や舞台背景も大規模になり、江戸時代末期頃に現在の野外歌舞伎の形態となりました。

全国でも類例のないこの「山あげ行事」は、昭和34年栃木県重要文化財民俗資料第1号に指定され、昭和38年国選択の民俗資料、昭和54年2月には国重要無形民俗文化財に指定されています

 

みどころ】
山は所作狂言(おどり)の背景で、観客の前に据えられた舞台から道路上約100メートルの間に大山(おおやま)、中山(なかやま)、前山(まえやま)、館(やかた)、橋、波などが配置されます。これらの装置には仕掛けが施され、上演中はその進行に伴い、木頭(指揮者)の拍子木を合図に様々に変化し、観客の目を楽しませてくれます。

所作狂言が終われば、すべての道具類は片付けられ、次の上演場所まで移動します。この一連の作業を行うには、約150人の若衆が必要とされ、その一糸乱れぬ団体行動の妙技と、炎天下の中、踊り子達が常磐津の三味線にあわせ美しい舞を披露する姿は一見の価値があります。 

なお、市内旧6町ごとに山あげ祭で演じられる演目が異なります。また、山や舞台装置の仕掛けが独自の発展を遂げており、各町の違い等を観ることも見どころの1つです。

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