駅家(=駅)とは、駅路(七道)の沿線に約16キロメートル毎に設置されていた交通管理施設です。駅家の名は、平安時代の文献『延喜式』に列挙されており全国の発掘調査によっていくつか遺構も見つかっています。各駅家には、決められた数の駅馬が配置され駅使が往来の際利用していました。駅家の監督業務は国司が担当していましたが、実施の業務は駅戸と呼ばれる周辺の農家が任命され代表が駅長を担っていました。
律令国家時代に全国に張り巡らされた七道とある程度決められた距離に配置された駅家ですが、古代の話と思うかもしれません。しかし現代の生活の中にも駅制の名残があり、毎年全国各地で開催されている『駅伝』の名前の由来ともいわれています。