長者ヶ平官衙遺跡附東山道跡(国指定史跡)

国指定 史跡

2長者が平ら官が

 

【長者ヶ平官衙遺跡ちょうじゃがだいらかんがいせき】

 遺跡いせきの一帯いったいは古ふるくから焼米やきごめ(炭化米たんかまい)の採取地さいしゅちとして知しられ、八幡太郎義家はちまんたろうよしいえ(源義家みなもとのよしいえ)の長者屋敷ちょうじゃやしき焼討やきうちの伝承でんしょうが語かたり継つがれています。平成へいせい13年度ねんどから平成17年度の栃木県教育委員会とちぎけんきょういくいいんかいの発掘調査はっくつちょうさで、掘立柱建物跡ほったてばしらたてものあと、総柱式建物跡そうばしらしきたてものあと、礎石建物跡そせきたてものあと、竪穴建物跡たてあなたてものあと、区画溝などの遺構いこうが確認かくにんされ、奈良時代ならじだいから平安時代へいあんじだいの役所やくしょ(官衙かんが)とわかりました。その範囲はんいは南北なんぼく約やく220m、東西とうざい約350m以上いじょうで、北側きたがわの張はり出だし部ぶを含ふくめると南北は約370mとなります。

 

【東山道跡とうさんどうあと】

 東山道は古代こだいの行政区画ぎょうせいくかくの1つで、京から各地かくちを結むすぶ主要しゅような7つの幹線道路かんせんどうろのうち、陸奥国とを結むすぶ駅路えきろ跡(道路どうろ)を東山道跡といいます。奈良時代ならじだいの道路幅はばは9mから12m、平安へいあん時代には6m前後ぜんごに改修かいしゅうされ、目的地もくてきちまで情報伝達じょうほうでんたつや物資ぶっしの輸送ゆそう、軍事行動ぐんじこうどうが速すみやかに行おくなえること等などを目的に造つくられた直線的ちょくせんてきな道路です。本市ほんしとさくら市境ざかいにある東山道跡を地元では「将軍道しょうぐんどう」と呼よんでおり、現在げんざいも幅約2メートルの直線的な小道こみちとして残のこっています。遺跡いせきは東山道跡やタツ街道(郡衙ぐんが間の連絡道か)に近接きんせつする交通こうつうの要衝ようしょうであることから古代下野国芳賀郡はがぐんに所在しょざいした新田駅家にいたのうまや、芳賀郡衙別院はがぐんがべついん(出先機関)または、それに関連する施設の可能性が指摘され、古代国家の交通体系や地方支配体制を具体的に示すものとして重要であることから国史跡に指定されました。

 

  • 指定年月日:平成21年2月12日
  • 所在地:那須烏山市鴻野山,小白井、さくら市葛城
  • 所有者、管理者;栃木県、那須烏山市、さくら市、個人
  • 指定面積:130,994.04m2(うち那須烏山市114,342.69m2、さくら市16,651.35m2)

 

長者ヶ平

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  • 【ID】P-1513
  • 2022年11月29日
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