市指定有形 歴史資料
- 表 揔見院殿大相國一品泰巖大居士
- 裏 天正壬午年六月二日信長御叓 織田常心信雄安置之者也
天正18年(1590)、豊臣秀吉による小田原征伐の論功行賞にあたり、織田信雄(信長二男)は、父信長の遺領に固執したため、秀吉の怒りを受け、清洲城を中心とした尾張・伊勢・伊賀120万石の大名からわずか2万石の領主として、配流同然に烏山へ移されました。信雄は、烏山へ移ると剃髪して「常心」と号し、ひたすら恭順の意を示し、父の菩提を弔うため天性寺で供養を営みました。しかし、秀吉の怒りは容易に解けず、天正19年(1591)再び秋田へ転封を命ぜられました。烏山を去るにあたり、本位牌を残していったということです。これは、信雄が烏山へ移されたことを物語る貴重な資料といえます。位牌は、欅材の白木造、台座は四方座、表裏それぞれに刻字されています。素朴な作りで、僅かに破損箇所があるものの保存状態は良好です。制作年代は、安土桃山時代後期頃と思われます。
- 指定番号:第108号
- 指定年月日:平成4年6月19日
- 所在地:那須烏山市南
- 所有者・管理者:天性寺
- 形状・寸法:総高59.5cm
