市指定有形 彫刻
本像は、古来より中山地区で維持管理してきた秘仏です。市内曲田地区の伝薬師三尊立像との共通性が見られることから、制作年代は12世紀に入ってからと考えられます。「烏山城記」には、「中山村禅宗中嶽山久昌寺本寺酒主村泉溪寺永享六年祖俊和尚開基」とあり、かつては、ここに、久昌寺があったと思われます。このことから、久昌寺が建立されるまでは堂として、寺ができてからは境内堂として、廃寺となってからはもとの堂として、村人によって守り伝えられてきたものと考えられます。彫眼、桜材の一木造で、樹心を眼前におく木取りで、手足のみ別材です。背面に黒塗の上に弁柄漆で「元和五年玉泉寺仏師修応」と記され、京都玉泉寺の修応が修理したものと思われます。全面は現在素木ですが、裏側は黒漆で、表と裏の境目に一部金箔が残っています。手足の修理もおそらくこの時期で、台座・光背等は、江戸中期、現堂建立期と推定されます。
- 指定番号:第43号
- 指定年月日:昭和43年3月26日
- 所在地:那須烏山市中山
- 所有者・管理者:泉溪寺
- 像高:77.8cm
